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大阪高等裁判所 昭和57年(う)99号 判決 1982年6月25日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役四年及び罰金二〇万円に処する。

原審における未決勾留日数中七〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人戸田勝、同木下準一連名作成の控訴趣意書及び同補充書二通記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官細川顯作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一の一について

論旨は、要するに、原判決は、同判示第一の覚せい剤取締法による営利目的の覚せい剤輸入罪と同判示第二の関税法による覚せい剤の無許可輸入未遂罪につき併合罪の加重をするにあたり、刑法四七条但書の適用を遺脱した誤りがあり、右の法令適用の誤りは被告人に対する正当な処断刑の範囲と差を生じ、判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

案ずるに、原判示第一の罪につき有期懲役刑を選択すれば、その法定刑の範囲は懲役三年以上一五年以下であり、原判示第二の罪につき懲役刑を選択すれば、その法定刑の範囲は三年以下の懲役であるから、右につき併合罪の加重をするにあたつては、刑法四七条但書を適用すべきことは所論指摘のとおりである。

ところで、原判決の原本をみると、法令の適用欄に、タイプ文字で「右は刑法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で」と記載され、このうち「一四条」の文字部分が二本の棒線で削除され、その横に黒のペン書きの文字で「四七条但書」と書き加えられたうえ、右加削箇所に裁判官の訂正印が押され、上部欄外に「削三字加五字」との加削字数の記載のあることが認められる。これによると、原判決の原本は有効に訂正されている観があるが、他方、弁護人木下準一に交付された書記官の認証がある原判決の謄本をみると、右の該当箇所には、原本に訂正前のタイプ文字と全く同じ内容のタイプ文字が記載されているのみで、これに対する訂正はなされていないことが認められる。そもそも判決書の謄本は原本により作成される性質のものであるから、弁護人に交付された判決書の謄本に訂正がなされていない以上、原本に訂正がなされていなかつたのではないかとの疑いは相当に濃厚であり、弁護人木下準一及び同事務所事務員小林裕子それぞれ作成にかかる各報告書に記載された内容は、その疑いをある程度裏づけるものといえる。しかしながら、仮に原判決の原本に加削された前記の訂正が無効のもので、原判決には刑法四七条但書を遺脱した違法があるとしても、懲役刑に関する正当な処断刑の範囲が三年以上一八年以下の有期懲役刑であるところを、遺脱の結果は三年以上二〇年以下の有期懲役刑となるのであるが、いずれも下限は同じで上限との間には相当な幅があるうえに、原判決の刑がその下限に近い懲役五年であることに徴すると、原審が正当な処断刑の範囲を認識していたならば異つた刑が言い渡された蓋然性があつたとは考えられないので、右の法令適用の誤りは明らかに判決に影響を及ぼすものとは認められず、破棄すべき限りではない。論旨は理由がない。

控訴趣意第一の二について

論旨は法令の適用の誤りを主張し、原判示第一の覚せい剤取締法による営利目的の覚せい剤輸入罪と原判示第二の関税法による覚せい剤の無許可輸入未遂罪とは、最高裁判所昭和四九年五月二九日大法廷判決(刑集二八巻四号一六八頁)にいう「法的評価をはなれ、構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとで、行為者の動態が社会的見解上一個のものと評価を受ける場合」にあたるから、刑法五四条一項前段の観念的競合の関係に立つものであるにもかかわらず、両者を併合罪として処断した原判決は、法令の適用を誤つたものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

そこで、検討するに、当裁判所も、観念的競合か否かの判断は、所論指摘の大法廷判決に掲げる基準によるべきものと考える。これを本件についてみるに、本件は、被告人らが、約九九三・四グラムの覚せい剤を隠匿携帯して韓国釜山空港から空路大阪国際空港に到着し、同空港内大阪税関伊丹空港支署旅具検査場を通過しようとして同係官に右覚せい剤を発見されたという事案であつて、被告人らの右一連の動態を構成要件的にみれば、大阪国際空港に到着した時、覚せい剤取締法違反の輸入罪は既遂に達し、以後関税法違反の実行の着手があり未遂に終つたものと評価することができるのであるが、法的評価をはなれ、構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとにおける社会的見解によれば、被告人らの右一連の動態は、明らかに事象を同じくし、税関を無事通過することにより終了する一個の覚せい剤輸入行為として評価することができる。

そうすると、本件の両罪は観念的競合となるべきものであるから、原判決は、これらを併合罪の関係にあると判断した点において、法令の解釈適用を誤つた違法があることになる。しかしながら、本件において、両罪を観念的競合とした場合、懲役刑の処断刑の範囲は、三年以上一五年以下の有期懲役刑となるべきところ、原審は、併合罪と解した結果、前示の刑法四七条但書の適用を遺脱した点を加味しても、三年以上二〇年以下の有期懲役刑と判断したことになるが、ともに下限は同じで上限との間にはかなりの幅があるので、原判決の刑がその下限に近い懲役五年であることにかんがみると、原審が正当な処断刑の範囲を認識していたならば、異つた刑が言い渡された蓋然性があつたとは考え難いので、右の違法は明らかに判決に影響を及ぼすとは認められず、破棄すべき限りではない。論旨は理由がない。

なお弁護人らは、控訴趣意書中に、控訴申立理由とはしないが、原判決が原判示にかかる本件覚せい剤の没収をしなかつたことを違法とし、職権によつて破棄すべきであると主張しているが、記録によれば、本件覚せい剤は共犯者である楠本恵美子の所有と認められるので、これを没収するためには、刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法所定の手続が経由される必要があるところ、これがなされていない本件においては、覚せい剤を没収しなかつた原審の措置に何ら違法はなく、職権によつて破棄すべき限りではない。(ちなみに、検察官は、本件覚せい剤の輸入事犯につき別途起訴審理されている楠本恵美子からこれを没収する求刑を行う方針である旨釈明している。)右主張は採用しない。

控訴趣意第二について

論旨は量刑不当を主張しているので、所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調の結果をもあわせて検討するに、本件は、被告人が共犯者らから頼まれて、一〇〇万円の謝礼をもらう約束で覚せい剤の密輸入の手伝いを引き受け、共犯者らと共に韓国に赴き、覚せい剤を仕入れた後、原判示のとおり、大阪国際空港に到着し、不申告のまま税関を通過しようとしたが、係員に発見されたという事案であるところ、その犯行が営利目的のために出た輸入行為であつて、覚せい剤の量も多量であること、被告人は、共犯者らに頼まれて以降、渡航手続、覚せい剤の仕入れの準備、仕入れ後の小分け、隠匿、運搬行為など犯行全般に深くかかわつていることのほか、原判示の指摘する覚せい剤をめぐる現下の社会情勢などにかんがみると、その刑責は重く、懲役五年に処した原判決の量刑もうなづけないではないが、他方、本件犯行は共犯者の楠本らにおいて主導的に行なわれ、被告人の関与は従属的であつたこと、本件覚せい剤は幸いにして国内へ流入する前に未然に防止されたこと、被告人には覚せい剤取締法違反の前科はなく、本件以外は覚せい剤に対する親和性も認められないこと、被告人はかつて若い頃、暴力団にかかわつていたが、その後立ち直り、タクシー運転手等をして真面目に働いていたこと、本件犯行の約半年前に健康を害し離職中であつたこと、その他家庭生活の態度や十分に反省し楠本らとの交遊を断つと誓つていることなど所論指摘の被告人に有利な諸事情を参しやくするとき、原判決の刑はいささか重過ぎると考える。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により更に判決する。

原判決の認定した事実に次のとおり法令の適用をする。

被告人の判示第一の所為は、刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条一項一号、二項、一三条に、判示第二の所為は、刑法六〇条、関税法一一一条二項、一項にそれぞれ該当するところ、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い判示第一の罪の刑で処断することとし、情状により所定刑中有期懲役刑及び罰金刑を選択し、その所定刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役四年及び罰金二〇万円に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中七〇日を右懲役刑に算入し、また右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。

よつて、主文のとおり判決する。

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